これがもしもイケメンであった場合は、異性からすればとても貴重な存在となるので、人畜無害な存在だなんて評価はされるはずもなく、同性がしたところで嫉妬や見苦しく思われてしまうだけです。
日本では、出る杭は打たれると言われるほど、目立つ人は批判の的となりがちですが、逆に目立たなすぎることも、人畜無害であるとの評価になるので、何事もさじ加減が大事であることを痛感できる言葉となります。
落ち着いた性格
落ち着いた性格も、人畜無害と呼ばれる人の特徴で、常に冷静でクールを装っている人が良い例です。
こうした人がイケメンや美人であった場合は、クールなキャラとして非常に高評価を得ることができますが、それ以外の人がしても、ただの気取っている人どまりですし、普段から口数が少ないことは、存在感が薄くなる原因そのものです。
まだ同じ中学生なのに、大人ぶってクールで無口なキャラを演じたり、自分の意見を口にしないことで、周りの意見に同調することが大人であると思っている子供がいますが、これも人畜無害となってしまう原因となりがちです。
基本的に落ち着いた性格の人は、常に冷静な判断によって周りを困らせることがなく、自分も困惑することが少ないので、それを理由に「あいつは自分より格下だ」と思われた結果、人畜無害であると思われることも。
あまりにも落ち着きすぎて、自分の存在感や有能であることをアピールできない人は、結局他人から存在を認められることも少なく、自分が思っている以上に周りに評価されていないことは、しばし見られる勘違いな心理です。
取り柄もなく平凡
こちらはそのままの意味で、それほど取り柄もなく平凡であることに加えて、決してあなたの敵となる存在ではない人に対して、人畜無害であると評価することは、特におかしなことではありません。
中でも、相手のことを見下している人ほど、人畜無害であると評価しやすいだけであって、そのような本音を抱いていない人の限っては、平凡な人や普通の人との評価が多くなることでしょう。
普段から相手のことをよく思っていなかったり、自分より高い評価をされたなどの嫉妬心から、相手を人畜無害な人であると評価することは、人の心が時として醜く残酷となる証拠ともなります。
故に、ただ取り柄もない人のことを人畜無害と評価することは、間違った使い方となるので注意が必要です。
都合よく側にいてくれる
都合がいい人も人畜無害な人の特徴で、実は人畜無害とは異性と同性での評価は大きく変わることがあり、特に女性が男性に評価する時には、「手を出してこない、安心できる人物である」と評価した場合に、人畜無害な人だと発言することがあります。
人畜無害とは、「人や動物に対して害がない人のこと」も意味となるので、女性にとって何も手を出してこないけれど、自分の話をきちんと聞いてくれたり、常に味方となってくれる、ご飯は奢ってくれるなどの存在に対して、そうした評価をすることも。
自分にとっては何の利益もないけれども、相手にとことん尽くす人や、嫌なことを率先して自ら引き受けるなど、都合よく側にいてくれる人は利用されやすく、後で「親切心は意味がない…」などと嘆いてしまうタイプなので、特に異性に対しては、都合のいい人間にならないことが避ける秘訣ともなります。
また中には、「都合のいい人として利用している」本音を持っていて、そうした人にとって都合がいい人とは、本人にとって害になることはないけれど、利益を得れる人物であるため、自分が有能でバカにした意味を込めるためにも、人畜無害であると口にすることも十分に考えられます。
こちらの場合は、相手が利益になる存在であることを隠し通したかったり、自分の腹黒さを隠したい心理から、周りには人畜無害であると言いふらすタイプです。
いい人どまり/アピールが多い
都合よく側にいてくれることは、恋愛においてもいい人どまりで終わってしまうことも多く、自分にとっては害となる存在となることはないけれども、所詮はいい人止まりと思われることは、本人にとってはそれほど影響を及ぼす存在でもありません。
このタイプの中でも、「なんでもいいよ」と相手に合わせてばかりであったり、「誰にでも優しくて特別扱いができない人」は、人畜無害な人により近づきやすくなることでしょう。
なぜなら、これらの行為は当たり障りのない物事であり、特別扱いや相手に任せっきりの対応は、本人にとっては害にはならないけれども、影響を及ぼすことのない、平凡な行為だからです。
普段からいい人アピールしている人も同じく、普段から自分が見せたいイメージをアピールすることで、相手にとって敵視する理由もなければ、特別扱いする理由もありません。
その結果、こうしたいい人アピールばかりしている人ほど、人畜無害であるとの評価に繋がりやすいのです。